このサイトについて

こんにちは、マイクロビジネス研究家の田中です。

このサイトは、紹介したサイトを参考に新しいマイクロビジネスの運営者が日本に増えることを目的としています。

そのため、ポテンシャルビジネスとして年間1000万以上稼げそうなサイトを中心に紹介しています。

毎日新しいアプリケーションやサイトを紹介することを目標にしています。

是非、Twitterのフォローをお願いします。

このサイトの対象者

こんな人を想定して運営しています。

  • 海外のサイトを参考にして、年収1000万のマイクロビジネスを開発したい人

年収1000万は、一家族が節約をせず将来も含めて安心に生活できる金額として設定しています。

このサイトを運営してみた感想

このサイトを構築するにあたり、毎日生み出されているインターネットのサイトをみています。   そこで感じることは、マイクロビジネスでは、ランチェスター戦略の「弱者の戦略」が重要性を感じます。

弱者の戦略をマイクロビジネスに例えるとNo1になる必要があるということです。
弱者なのにNo1になるというのは矛盾があるように感じる方もいるかもしれませんが、正しいです。

No1になるためには具体的には、 狭い領域を攻めることが重要です。

例えば、あなたが経営者としてNo1になろうとすれば、ソフトバンクの孫さんや、楽天の三木谷さんのような人と経営という分野で戦う必要があります。

勝ち目のない戦いです。

しかし、自分の分野で戦えば勝てる可能性があります。

例えば、趣味の世界です。

釣りやゲームであれば孫さんや三木谷さんにも勝てる可能性があります。

もっと言えば、全く新しい分野を作ってしまえば、必ずあなたはNo1になれます。

インターネットの世界では、毎日新しい技術が生み出されています。

毎日未開の地が開かれています。

新しい技術は、経験に依存しないので、常に若い人にチャンスがあります。

新しいことを吸収していくことにより未開の地により早く知ることによりNo1になることが可能です。

日本でNo1でも価値があります。

マイクロビジネスでは、大きなビジョンは必要ありません。

数億も数十億もビジネスを膨らます必要がありません。

年間1000万円の利益を生み出せれて十分生活できます。

電車に乗り、周りを見渡すと大勢の人が会社に勤めています。

その一人一人が最低300万以上を稼いでいます。
電車一両分でも相当の人数だし、社会は全員分の労働を維持する必要があります。

そのためには、数億、数十億のビジネスが必要です。

でも、マイクロビジネスでは、たった1000万円の利益を確保すればいいのです。

毎日新しいことが生み出されるこの世界において、狭い領域の狭い要求は常に増えていきます。

マイクロビジネスは、可能性を秘めています。

作成者について

このサイトを作成・運営している人の紹介です。

通称: 世界の股にかけるプログラマー上がりのブリッジSE
生息地: マレーシア/サイバージャヤ
出身地: 神奈川県
年齢: 40代
趣味: プログラム開発/Youtube/読書 + 最近筋トレ
仕事: マレーシアの日系企業勤務
家族: 妻+8歳の女の子

作成者はどんな人生を歩んできたのか?

【幼少期】
私立の幼稚園に通うゲーム好きな子供でした。

6歳ぐらいの時、父の仕事の都合で、オーストラリアシドニーの外れのイーストゴードンに移住。

今は分かりませんが、当時のイーストゴードンは駅前こそ少し発展していましたが、それ以外は普通の住宅地でした。 現地の幼稚園に通いました。当時は英語教育もしてなったが、子どもだったこともあり、現地の子どもと馴染んで遊んでいました。

毎朝、家の前から幼稚園行きのバスが出ていてそれに乗って幼稚園に通っていたことを覚えています。

なぜか、その時使っていた緑色のランチボックスと、かなり背の高い女性の先生だったことをいまだに覚えています。しかし、それ以外の記憶はありません。

父の任期も10ヶ月で終わり小学校に上がる前に日本に戻りました。

【小学期】

家から15分ぐらいの公立の小学校に通ってました。

背は小さく背の順では、1番目もしくは2番目が定位置でした。 今思い返せば、コンプレックスだったと思います。

今も162cmなんで小さい方だと思いますが、当時ほど自分が小さいことを感じなくなったと思います。

海外で働いていれば女性も男性もいますし、国によっても背の高さがぜんぜん違うので、あまり背の高さを期にすることがなくなったんだと思います。

どんな仕事をしてきたの?

2003年 4月

C++開発者として11年間、電気系CAD開発に従事
その間に、グローバルサポートとして3年間従事
アメリカのボストン州に1年半赴任

2015年 6月

マレーシア拠点に開発者として転職
後に現地責任者COOとして拠点を運営

2019年 現在

ベトナム拠点にビジネス推進のため移籍